動作は動詞によって表わされ、状態は形容詞によって表わされるのが一般的なのに、なぜ状態を表わす動詞(=状態動詞)というものがあるのか、という質問ですね。
確かに動詞が担う意味のプロトタイプは変化や移動などを伴う「動作」です(例えば「リンゴが実る」「リンゴが落ちる」「リンゴが腐る」など)。一方、形容詞が担う意味のプロトタイプはむしろ不変で静的な「状態」です(例えば「リンゴは赤い」「リンゴはおいしい」「リンゴは固い」など)。安定性の軸があるとすれば、動詞は不安定の極に、形容詞は安定の極に位置づけられます。
動詞と形容詞はこのように対置させることができそうですが、上記の例文から確認できる通り、両品詞には述語として機能するという重要な共通点があります。先の安定性の軸は、したがって述語軸と言い換えてもかまいません。この述語軸の両極の間には無限の中間点があります。安定性はいつでも崩れる可能性がありますし、不安定性はいつでも解消される可能性がありますね。そのようなわけで、軸の中間ゾーンには状態に接近する動詞もあり得るし、動作に接近する形容詞もあり得ることになります。
英語の例でいえば、cost 「(費用が)かかる」、differ 「異なる」、matter 「重要である」、resemble 「似ている」などの語は、品詞としては動詞でありながら、意味は状態的といえます。形容詞(および述語として完成させるための繋ぎの be 動詞)を用いて、それぞれ be worth, be different, be important, be like ほどに言い換えることができます。
逆に active 「行動的な」、changeable 「変わりやすい」、emergent 「新興の」、fluent 「流ちょうに話す」などの語は、品詞としては形容詞でありながら、意味は動作的といえます(いずれも語源的には動詞語幹から派生された形容詞なので、もともとの動作性の気味が残っているのも当然といえば当然ですね)。
言語には、安定性の軸の上をある程度自由に移動させるための手段も備わっています。英語では、動詞を状態的にする、つまり形容詞化する方法として分詞(現在分詞や過去分詞)があります(例:The lamp is shining. / The door is broken. / He is gone.)。また、形容詞を動作的にするには、例えば、そのままあるいは副詞化した上で、それを動作動詞とともに用いるという方法があります(例:come true / go mad / behave badly)。
動作が動詞らしさを特徴づけ、状態が形容詞らしさを特徴づけるというのは確かですが、それぞれの「らしさ」はあくまでプロトタイプとして振る舞っているにすぎず、言語においては、中心から逸脱する語があったり、逸脱させる方法が備わっていることは自然なのかもしれません。
ちなみに、形容詞よりもさらに安定的な方向へ軸が伸びており、その先端には名詞という極がありますね。そして、名詞的な形容詞もあれば、形容詞的な名詞もあるのです。品詞とその意味の関係は、あくまでグラデーションを前提としたプロトタイプの観点から理解するのがよいのではないでしょうか。
関係する話題として、私の「hellog~英語史ブログ」より「#3533. 名詞 -- 形容詞 -- 動詞の連続性と範疇化」の記事を参照していただければと思います。