橋本 省二:私たちの住む広大な宇宙。しかし、実は宇宙はこれ一つだけではなく他にも無数の宇宙があってそれぞれが別の物理法則をもつ。そんな理論があります。夢があると思うか、単に途方もないと思うか、人それぞれでしょうね。確かなのは、マルチバースと呼ばれるこうした考えを真剣に追求する物理学者がいるという事実です。彼らはいったい何を考えているんでしょうか。ちょっと想像してみましょうか。
宇宙を膨張させる原動力となっているのは、ダークエネルギーと呼ばれる意味不明のエネルギーです、空間に付随したエネルギーで、空間が膨張しても薄まることはない。だから空間がどこまでも膨張する、しかもその膨張が加速するというわけです。アインシュタインの一般相対性理論に出てくる宇宙項と同じものなのですが、あれは(暗に)定数だと思われているのに対して、ダークエネルギーのほうは真空のもつエネルギーによって変わってもよいと考えます。
ダークエネルギーを担う何かとして空間に満ちた「インフラトン場」というものを考えることにします。宇宙初期にはこいつが大きな値をもっていたおかげで宇宙が猛烈に膨張した。インフレーションと呼ばれます。しかしその後、インフラトン場のもつエネルギーが物質に転化されてインフレーションが終わるというシナリオになっています。
なぜそうなるのか、ここのところをちゃんと教えてくれる理論はありません。だから、これは量子的なトンネル効果なのだと考えることもできるでしょう。しかも空間の場所によってたまたま起こるようなトンネル効果です。トンネル効果によって異なる値をもつことになったインフラトン場。これを真空の相転移と呼ぶことにしましょうか。あたかも沸騰するお湯のなかにできた泡のように、それ自身が膨張していく。これが現在私たちの住む宇宙だと考えることにするのです。だから、宇宙は私たちの宇宙以外にいくつもある。ユニバースではなくマルチバースなのです。
この背後にあるのが超弦理論だったとしましょう。究極の理論ですね。その解は複雑すぎてちゃんと求まっていないわけですが、どうやら解とおぼしきものがいくらでもある。真空はいくつもありそうなのです。さっきの泡の話にもどると、一つの泡が超弦理論の一つの解に相当すると考えられる。それぞれは物理法則が異なっていてもいいし、それどころか空間の次元だって違うかもしれない。そういうのがいろいろあるというわけです。
これだけ聞くと、理論をちゃんと解くことをあきらめた超弦理論の研究者がやけくそで考えた話のようにも思えてきます。(いや、ほんとにそうかも。)ただ、そう考えると、現在の宇宙がもついろんな特殊な性質が説明できる。やけに小さなダークエネルギーの値などです。究極の「結果論」です。
なにしろこれは量子論が起こすトンネル効果ですから、私たちの住む泡が実現したのはたまたまです。宇宙全体をあらわす波動関数は別の可能性も含んでいるでしょう。そのわずか一つが実現していると考えれば、これは多世界解釈の一つだと言ってもいいでしょうね。
マルチバース。おもしろい可能性があるというのはわかったけど、どうやって検証する?
一番おもしろいのは、泡の端っこ、境界が見えるかも、という可能性です。宇宙の遠くを見たらもしかしたら...
。でも、泡の膨張が速すぎたらその可能性も泡と消えることになってしまいますね。