Ken_SATO:ご質問は,日本の科学技術水準が停滞〜衰退している現状において,アカデミアでの課題は何か,という事だと思います.
まず,日本の大学進学率(短大も含めて)はUNESCOの資料で,2021年の国別順位で49位とかなり低い状況です.また,博士号取得者数(人口100万人当たり)も少なく,米国,フランス,ドイツ,韓国と比べても半分程です.特にその中で,2000年以降,取得者の割合が減っているのは日本に特徴的です.このような統計を見ても近年の日本の科学技術水準の低迷が理解されると思います.また,「博士卒冷遇」と質問者の方が言っていますが,これには複雑な要因が有ります.これまで日本は業種,個人の能力による給与の差が小さく(少しずつ変わりつつ有りますが),卒業時の工学系博士卒の給与は修士/学士卒と,また,個人/職種による差が小さいのが現状です.これは,日本の博士号がqualification
の証として機能していない事もその一因です.端的に言って,日本の博士号取得者と修士号取得者のqualificationの差が諸外国(私が知っているのは,欧米と韓国位ですが)と比べて平均的に小さいのです.欧米とは教育制度に大きな差が有り,日本では大学入学者の内の卒業者の割合,また大学院修了者のそれも,かなり高い状況に有ります.一方,北米の著名な大学,例えばMITやコロンビア大学では卒業者の割合は90%を超えていますが,州立大学では50-70%の所も多いです.また,博士号取得にかかる期間も北米では工学系でも6−7年が平均(2018年のNSFの統計)です.よく言われる様に,大学/大学院は入りやすいが出るのが大変で日本はその逆と言えます.また,北米/ヨーロッパでは専門教育は大学院(博士課程)で行い,修士課程の段階で日本の様に研究をさせることは極めて稀です.従って北米/ヨーロッパでは博士号を取得した人は,その分野で認められた研究の実績が有り,厳しい審査を通ている専門家とみなされ(修士卒は研究の実績も無い),給与も修士卒とは大きく異なります.最近のNACE(National
Association of Colleges and
Empployers)による大学卒業者の初任給調査では工学分野の博士号取得者は学士取得者の約1.5倍程度です.この位の差があれば,能力の高い人は博士課程まで頑張って行こうというモチベーションになると思います.
上に書いたことは,アカデミアを取りまく教育制度に関する欧米との差のほんの一端ですが,日本の科学技術水準の低迷/衰退には例えば女性の社会進出に関する課題(日本の高等教育機関に入学した学生の内,科学・技術・工学・数学分野に占める女性の割合はOECD
36カ国中最低)やグローバルな競争に対応できない,社会の意思決定を含む諸制度や個人の認識の低さなどの問題はとても短時間で議論できるような内容では有りません.「国を動かす政治家,官僚,企業の経営陣といった意思決定層」が有名大学出身者かどうかと言うこととはあまりリンクしていない事,と言うよりもっと本質的な多くの原因があると思っています.