小田部正明 (Masaaki Kotabe):この質問にはいくつかの課題が隠されています。第1に、マクロ(経済全体)とミクロ(企業戦略)レベルの問題が一緒になっています。コロナ問題が引き起こした経済低迷・高い失業率に対応するため国々の政府の膨大な補助金が市中に流れ込み「デマンド・プル」型のインフレが世界的に起こり、同時にロシアのウクライナ侵略がきっかけとなって引き起こされた天然ガスなどの供給不足や「世界の製造拠点」である中国の厳しいコロナ対策による生産・供給混乱による「コスト・プッシュ」型のインフレが同時に起こりました。その為、マクロレベルで世界的なインフレが起こっています。企業のインフレ対策はミクロレベルの企業の対策で、基本的に量は変えず値段を上げるか、値段をあまり上げず量を少なくするかの戦略の選択があります。日本ばかりでなく、私の住むアメリカでも企業によってどちらかの戦略を利用しています。例えば、小売値は上げず、やや小さな缶のコカ・コーラが売られ始めました。顧客によっては実質上の価格つり上げに気が付かないことがあります。消費が控えめになるので健康には良いかもしれません(笑)。そういう意味で、「値段をあげずに内容量を減らす」のは日本だけではありません。
第2に、経済学の需要・供給理論からすれば、需要が上がれば(ないしは供給が下がれば)、ないしはこの2つが同時に起これば、価格はすぐに上昇します。例えばアメリカ人は、一般にこの事象は論理的でしかも合理的だと認識します。ですからアメリカでは、その時の需要と供給によって航空券やホテルを予約する時でも値段が一日に何度も変わるのが普通です。そのような価格のつけ方を日本でしたら、そのような会社は顧客の弱みにつけ騙そうとしているかのように顧客が感じ、客離れしてしまうと思います。一昔前、米、燃費、人件費等のコストが徐々に上がったにもかかわらず卸値を何年も上げずにいたのですが、どうしようもなく日本の酒造業界がお酒の卸値を上げざるを得なかった時があります。その時、NHKのニュースの中で大手酒造会社の代表が何人も出てきて頭を下げ申し訳ありませんと国民に訴えたことがあります。つまり、日本には価格は顧客の信頼を受け決めていくというような「社会契約」のようなものが文化の中にあります。その為、日本企業は国内で価格を上げないような戦略をとる可能性が高くなります。
第3に、日本国内の年収がすぐ上がらないのは、未だに年功序列の名残りが社会の中にあり、日本ではアメリカ人ほど仕事を直ぐに転職するという労働流動性がないため、年収がすぐには上がらないような環境があります。