漫画を描いている者です.いつも畑中さんのコメントを参考にさせて頂いております.是非とも質問させて頂きたいことがあり,メッセージを送らせて頂きました.

質問内容は

「プロットにキャラクターの感情の変化を織り込む方法」

です.

最近の私の悩みは,プロットの仕上がりがただの「出来事の羅列」になってしまい,出来事のアイデアとキャラたちの心の変化をうまくリンクさせられないことです.

物語の事件や,問題を解決する主人公たちの様子はアイデアとして浮かびます.

しかし,その過程で主人公たちが内面的にどう変化するのか? 周りと関わってどんな感情になり苦悩し,葛藤するのか? 結末ではどういう考え方に落ち着くのか? 

多くの物語において,主人公は結末に至るまでに何かしらの「成長」や「変化」を遂げると思うのですが,

その内面の変化の"過程"を,出来事のプロットに組み込むのにいつも苦労します.淡々と出来事が続くだけでキャラたちの心を描けていない気がしています.

個人的に物語の作り方を結構研究してきただけに,常々この問題は難しく思います.いろんな方のご意見を拝見したのですが,皆さんやり方がバラバラで,なかなかこれだ! という結論に至っていません.

世界観とキャラの設定を決める順番が悪かったのか,そもそも設定自体をもっと細かくつめるべきなのか.

畑中さんのご意見をお伺いできれば幸いです.

この世って基本、成功する方法は無限にあると思っています。これしかないって言いだす時って、思考停止や前例主義に陥ってる時で、進歩が止まってる時ですよね。でも逆に、失敗には必ず理由があると思っていて、そこには目を向けるようにしています。

さて、質問の件に関してですが、「主人公の考え方が最初と最後で変わる」というのが、作劇上に絶対に必要なものとは思っていません。

私は、映画『トップガン マーヴェリック』が大好きでしたが、あの作品で考え方が変わるのは、主人公ではなく、観客である我々と、脇役の人間たちです。

かつて天才パイロットと呼ばれた男が歳をとり、同期は全員現場を離れ、コンピュータによる自動運転も発達し、君も引退すべき時だと言われるのですが、確かにそんな時は来るだろう、だが今じゃないと序盤に言い放つわけですが、まさに最後の最後まで「だが、今じゃない」と戦い続ける話です。

「歳を重ね衰えていくと、人は若い時に出来ていたことが出来なくなる。

だから引退すべき。」

というのが世間の通説だとすると、

「年を重ねると確かに衰える部分はある。けれど、年月をかけてしか到達できない別の強みも必ず生まれ、それは衰えを凌駕する強みになる」

というのが、観終わった後に観客が抱く感想の一つだと思います。

この作品は、歳を取る強み・経験の凄みを描きながら、経験がない若者ゆえの無鉄砲な強みもオチに向かって描かれていて、全年齢の人間に対してへの賛歌となっているので、もしまだ観てなかったら、ぜひ観て欲しいです。

最初に「失敗には必ず理由があると思っていて、そこには目を向けるようにしています」と書きました。

主人公の考え方が変わろうが変わるまいが、編集者としてはどっちでもいいですが、「主人公の考え方が変わるが、面白くないパターン」については常に思考しています。

最も新人がやりがちな「面白くないパターン」は、後半の変化のために主人公の考え方・性格を無理やり捻じ曲げておく、というもの。

「私、人間が好きになれないんだよね。2次元しか好きになれないの」と本心から思っていたヒロインが、同級生のイケメンを好きなるパターンなどが、代表的なヤツですね。

これは「うんこカレー理論」と私は呼んでいるのですが、「少数派の考えを抱いてた人間が、多数派に転んでいく」というのは、基本面白くするのが難しいと思っています。

「この世で一番美味しいのはうんこだ!」と言い張る少数派の意見を持つ主人公が出てきて、最後に「うんこよりカレーの方が美味しい!!」と多数派の意見に気づく!!というのは、主人公にとっては大発見でも、多数の読者にとっては、元々知っていたことです。

なので、たとえばヘレンケラーみたいに、目も見えず音も聞こえず、言葉という概念もわからないという状況下に置かれた人が、どうやってそれを理解したのか!!みたいに、別のファクターがある物語になっていれば成立しますが、単に後半の変化のために作られた「嘘の感情」では、読者の心を打つことはできず、せっかくの変化・成長も「でしょうね…(興味ないけど)」と受け取られてしまいます。

逆に「多数派の意見から、少数派に転んでいく」というのは、読者にとって新鮮な物語にしやすいと思います。

・地元にイケメンで金持ちの恋人がいるヒロインが、2次元の男に本気で恋していまい、彼と同じ次元で会えないことに絶望したり、作中で死んだ彼を生き返らせようと、出版社に入って担当編集になろうと東京に出てきて…?

・無類のカレー好きの男が、ある日、この世で一番美味しいカレーはうんこだと聞かされ、そんなバカなと思うも、あまりにもカレーが好きすぎて、ある日トイレで自分のうんこをそっと口に含んでみて以来、大好きな恋人のうんこを食べてみたくなってしまい…?

でも、こんなことを提案すると、大抵の新人さんは「二次元にそこまで恋する気持ちが解らない」「好きな人のうんこを食べたくなる気持ちが解らない」と仰ったりもします。

つまり「少数派→多数派」にしようとする時は、作者もろくに「気持ちが解らない」人を主人公にしようとしる場合が多く、それこそが面白くならない真の理由だと思います。

ヘレンケラーの例を先に出しましたが、少数派の気持ちを作者がちゃんと理解できていて、それを描き出そうとしている場合は「少数派→多数派」の矢印も成り立ちます。

・自分の容姿等に強いコンプレックスを抱いており、人から愛されるはずがと思っていこんでいるヒロインが「私は人間を好きになれない。ときめくのは2次元だけ」と発言することで自分の心を守っていたが、実は好きな人がいて…? でも好きな人がいるということすら、嗤われるのではと友達にも言えず…

という物語ならば、読者の心を打つラブストーリーになると思います。

長々書きましたが、そもそもあなたが描き出したい感情はどんなものですか?

世の中に訴えたい考え方・哲学はなんですか?

それがないのに、「成長させるべき」とか「変化させるべき」とか考えたって、意味がありません。

作者の哲学のない成長など、単なる茶番劇です。

あなたはなにを「成長」だと感じるのか、話はまずそこからです。

なにか型にはめて考えた方が解りやすいということなら、『ヘーゲルの弁証法』を元に考えることをおススメします。

「テーゼ」と呼ばれる命題、一般論…たとえば「分け隔てなく、人には親切にすべき」という考えを持っている主人公が出て来る話だとすると、それに対する反論「アンチテーゼ」の役割を持つキャラやエピソードを出す。

「悪い奴にもやさしくすべきか?」「つけあがらせ周りも巻き込み不幸をもたらすから、誰にでもやさしくすべきではない」という第二の考え「アンチテーゼ」を読者が抱いてしまうような展開を経て、

さて、この両方の問いに対して、まったく新しい第三の答え「ジンテーゼ」はなんだと思いますか?

作者なりの新たな考え方、第三の答えを出してください。

新しい道筋を見せて初めて、読者は「ああ…!そんな考え方があった!!」と感動するんです。

ここまで読んだ上で、

世に訴えたいことなどない…! 成長とか知らん! 変化とかいらん!!

と思うなら、それでいいと思います。

それも最初に書きました。

面白い話を描く上で、成長・変化は必須ではないですよと。

とにかく、描きたいこともないのに、描こうとしないでください。

自分や読者に嘘をつかないでください。

「褒められたい」とか「その方が高尚に見える気がするから描きたい」なんていう虚栄心から来る感情なのであれば、その自分の中身のなさをまず認めてください。

中身がないから、色んな考えに触れたりして勉強するのか?

それとも、それは自分の軽妙さであり、良さだと認めるのか。

どっちでもいいと思います。

最初に書きました。

成功する方法は無限にあると思っています。

1年1年更新

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